
1.総説
(1)遺留分制度とは
遺留分を有する一定の相続人に対し、被相続人が有していた相続財産の一定割合を「遺留分」として、最低限保証する制度です。
本来、被相続人は自己の財産を自由に処分することができるはずです。他方で、相続制度は、遺族の生活保障や遺産の形成に貢献した遺族の潜在的持分の清算機能を有しているので、被相続人の財産処分の自由と相続人の利益との調整を図るため、遺留分制度が設けられました。
この遺留分は、主として、被相続人が遺言を書いた場合に問題となるのですが、それに限らず、遺言書はなくとも、被相続人が、生前に多大な贈与をしてしまい、そのせいで相続する財産が少なくなったという場合でも、生前贈与を受けた人に対して、「自分の遺留分を確保したい」と言うことができます。
(2)改正前の遺留分制度の問題点
①遺留分減殺に物権的効力が与えられていた
遺贈によって自宅を取得した配偶者や事業用の財産を取得した当該事業の承継者は、他の相続人から遺留分減殺請求権を行使されると、その者と共にこれらの財産を共有することになり、この共有関係を解消するためには、共有物の分割の手続き等を経なければならす、これでは相続に関する紛争を一回的に解決することが困難であると批判されていました。
②減殺請求の相手方となる受遺者・受贈者が相続人である場合と相続人以外の第三者である場合の区別がなされていませんでした。
2.遺留分を算定するための財産の価額
(1)遺留分を算定するための財産の価額
=〔相続開始時における被相続人の積極財産の額+第三者に対する生前贈与(原則として1年以内)+相続人に対する生前贈与(原則として10年以内)〕-相続債務の全額
(2)遺留分を算定するための財産の価額に含む贈与の整理
第三者が受贈者である場合 | 相続人が受贈者である場合 | |
贈与の時期 原則 | 相続開始前の1年間にしたものに限る | 相続開始前の10年間にしたものに限る |
例外 | 当事者双方が遺留分権利者に損害を加えることを知って贈与をしたときは、1年前の日より前にしたものも算入する。 | 当事者双方が遺留分権利者に損害を加えることを知って贈与をしたときは、10年前の日より前にしたものも算入する。 |
贈与の内容 | 限定なし | 婚姻若しくは養子縁組のために又は生計の資本として受けた贈与に限る |
- 負担付きの贈与がされた場合、遺留分を算定するための財産の価額に算入する贈与の価額はどのように決まりますか?
-
負担付き贈与がされた場合に遺留分を算定するための財産の価額を算定するにあたっては、贈与の目的財産の価額から負担の価額を控除する取り扱い(一部算入説)を採用しています。
- 遺言等が無く法定相続になる場合(すなわち、遺留分の問題にならない場合)の相続人への贈与の場合は?
-
通常の特別受益として、遺留分のみに規定されている10年という年数制限がなく、すべてをもち戻して法定相続分を計算することになります。
3.遺留分額の算定
(1)遺留分額の算定ルール
遺留分の額=遺留分を算定するための財産の価額×総体的遺留分率×遺留分権利者の法定相続分
(2)総体的遺留分と個別的遺留分
相続人 | 総体的遺留分 | 個別的遺留分 (配偶者) | 個別的遺留分 (子) | 個別的遺留分 (直系尊属) |
配偶者のみ | 1/2 | 1/2 | ー | ー |
配偶者と子ども | 1/2 | 1/4 | 1/4 | ー |
配偶者と父母 | 1/2 | 2/6 | ー | 1/6 |
配偶者と兄弟 | 1/2 | 1/2 | ー | ー |
子どものみ | 1/2 | ー | 1/2 | ー |
父母のみ | 1/3 | ー | ー | 1/3 |
①総体的遺留分
遺留分権利者全員の遺留分の総体。相対的遺留分の割合は、直系尊属のみが相続人である場合には3分の1、それ以外の場合には2分の1です(第1042条第1項各号)。
②個別的遺留分
遺留分権利者が複数いる場合における各遺留分権利者の遺留分のことです。
4.遺留分侵害額請求
(1)遺留分権利者
兄弟姉妹以外の法定相続人に限られます。
(2)遺留分侵害額請求権の性質
遺言や生前贈与によって遺留分を侵害された相続人(遺留分権利者)は、自らの侵害された遺留分に応じて、遺留分の相当する金銭の支払いを求めることができます。(第1041条)。
原則が金銭請求ですから、遺留分権利者から一方的に遺留分登記をされる可能性もなくなり、価額賠償の申出が行われることが多かった実態に即した法改正です。
この遺留分侵害額請求権は、相続人各自が、個別に申し出なければなりません。
(3)遺留分侵害額請求の方法
遺留分侵害請求は、遺留分権利者が、相続が開始したこと及び減殺すべき遺留分を侵害する贈与や遺贈があったことを知った時から1年以内に行わなければ時効によって消滅します。配達証明付内容証明郵便によって相手方である受贈者や受遺者に通知をおくっておけば、後から通知があったのかどうかという点ではもめることがないため、できるだけこのような方法をとっておきましょう。
(4)旧法の遺留分減殺請求権と新法の遺留分侵害額請求権の比較
旧法第1031条 | 新法第1046条 | |
遺留分を侵害する遺贈・贈与の有効性 | 有効である | 同左 |
遺留分を侵害された相続人の権利 | 遺留分減殺請求権 ↓ 遺留分侵害の限度で遺贈又は贈与を失効させ、受遺者又は受贈者が取得した権利をその限度で自己に帰属させることができる | 遺留分侵害額請求権 ↓ 遺留分を侵害する遺贈又は贈与を失効させることはできない |
相続人の権利行使の方法 | 受遺者又は受贈者に対する裁判上または裁判外の請求 | 同左 |
遺贈又は贈与の目的財産が不動産である場合 | ①受遺者又は受贈者が登記未了の場合 遺留分減殺請求権を行使した相続人は侵害の限度で相続登記をすることができる ②受遺者又は受贈者が登記済みの場合 遺留分減殺請求権を行使した相続人は侵害の限度で受遺者又は受贈者に対して移転登記請求権を有する | 相続人と受遺者・受贈者の間で遺留分侵害額の支払いに代えて不動産の権利を取得させる旨の代物弁済の合意等がなされない限り、登記手続きは行われない |
- 遺留分権利者から遺留分侵害額に相当する金銭の支払いを請求された受遺者・受贈者は、その支払いに代えて、遺贈又は贈与の目的財産のうちその指定する財産の給付(現物給付)をする権利を有します?
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受遺者又は受贈者は現物給付の権利を有しておらず、常に遺留分侵害額に相当する金銭の支払い義務を負います。
ただし、双方が合意をすれば現物によって遺留分の支払いに充ててもかまいません。
中小企業の経営者から自社株を遺贈された者は、侵害額請求者に対して承継した株式を共有することなく相当額の金銭を支払えばよいことになったことから、中小企業の事業の承継がより円滑になったと評されています。
(5)遺留分侵害額の算定ルール
遺留分侵害額
=〔遺留分の額-(遺留分権利者が受けた特別受益の額※+遺留分権利者が取得すべき遺産の総額)〕+遺留分権利者承継債務の額
※ 特別受益として控除の対象となる贈与は、相続開始前10年間に受けたものに限られない。
(6)受遺者又は受贈者の負担額
- 遺留分権利者は特定財産承継遺言により財産を承継した相続人及び相続分の指定により遺産を取得した相続人に対しても、遺留分侵害額に相当する金銭の支払い請求をすることができるか?
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できます。
5.実務的な事例
「A・Bを推定相続人とする相続において、甲土地をAに相続させる旨の遺言があり、これに基づきAを登記名義人とする相続による所有権移転の登記がされた場合において、Bが遺留分に基づく権利行使をするとき」
遺留分侵害額の代物弁済としてAが甲土地の持ち分をBに与える旨の合意が整理した場合
⇒甲土地について、AがBに対し所有権の一部移転の登記の手続きをします。
登記原因は「代物弁済」
この権利変動について譲渡所得課税が発生することがありうる。甲土地が田または畑である場合において、登記申請の添付情報として農地法許可証明情報が必要です。
関連リンク等
引用・参考文献
「Q&Aでマスターする相続法改正と司法書士実務」/日本加除出版株式会社
「相続と遺言と相続税の法律案内」/幻冬舎
法務省 民法及び家事事件手続法の一部を改正する法律について(相続法の改正)
司法書士事務所ブライト 相続・相続放棄