背景
高齢化社会となり、高齢の夫婦が増加していますが、女性の平均寿命が長いことから、夫が死亡した後の高齢の妻の生活保障を考えなくてはなりません。
従来の法律では、家を相続する配偶者は、遺産分割において家の評価額だけで自らの法定相続分に達してしまう場合が多く、預貯金をわずかしか相続できなくなり、家に住めても生活資金の確保が難しい面がありました。
そこで、改正で導入された配偶者居住権により、配偶者は自宅での居住を継続しながら、預貯金等の他の財産も取得できるようになったのです。
「目次」
1.配偶者居住権とは
2.配偶者居住権の内容
3.成立要件
4.配偶者居住権の登記
5.配偶者居住権の消滅
第2章 配偶者短期居住権
1.従来の相続法の問題点
2.配偶者短期居住権
第3章 配偶者居住権と配偶者短期居住権
1.共通点
2.相違点
3.費用負担
第4章 配偶者居住権と遺産分割
1.相続分に及ぼす影響
2.特別受益との関係
第5章 配偶者居住権と税制の改正
1.配偶者居住権
2.相続財産への影響

第1章 配偶者居住権(令和2年4月1日~)
1.配偶者居住権とは
(1)定義
被相続人の配偶者が相続開始時に居住していた被相続人の建物に相続開始後も無償で居住し続けられる権利のこと。故人が暮らしていた家に、妻が安心して住み続けられる権利です。
- 配偶者の居住の権利が創設された理由は何ですか?
-
高齢化社会の進展に伴い、配偶者の生活保障の必要性が高まっていることが理由です。
今回の民法相続法の改正によって、配偶者は居住建物への居住を従来より容易に確保することが可能になりました。
(2)効果
この配偶者居住権を法で定めることにより、配偶者の取得する財産の相続財産に占める居住用財産の割合を抑えることができるため、代償金を支払わなければならない可能性が低下し、居住用建物以外の預貯金等の財産を受け取ることのできる可能性が上がることになります。
- 配偶者居住権の成立は配偶者の相続分にどのような影響を及ぼすますか?
-
配偶者が配偶者居住権を取得した場合には、その財産的価値に相当する価額を相続したものとして相続分の算定が行われます。
その代わり、婚姻期間が20年以上の夫婦の一方である被相続人が他の一方に対して配偶者居住権を遺贈した場合には、特別受益の持戻し免除の意思表示を推定する規定が準用されます。
つまり、配偶者は、自己の具体的相続分から配偶者居住権の財産的価値を控除することなく居住建物以外の財産からも財産を取得することになり、その分だけ他の相続人の具体的持分は減少することになります。
(3)具体例
故人の配偶者が相続時に住んでいる家の「所有権」を、遺産分割によって取得する場合があります。このとき、その家の評価額が高いと、家の所有権を取得することで配偶者の相続分が目一杯になり、その家以外の財産を取得できないことがありました。故人の子が、「家は親がもらうから、それで十分だろう。私たち子どもは現金をもらいたい。」といった対応です。これは、配偶者にとってみれば、「家は相続でもらったけれど、老後の生活資金はほとんどない。」とこぼしたくなるような状態です。配偶者居住権を設定すれば家の価値が下がり、配偶者が家以外の財産からも受け取れる可能性が上がります。なお、配偶者は、居住建物の固定資産税等の通常の必要費を負担することになります。
2.配偶者居住権の内容
配偶者居住権は賃借権類似の法定債権とされていますが、賃借権との相違点はなんでしょうか。
【配偶者居住権と建物賃借権の比較】
配偶者居住権 | 建物賃借権 | |
発生事由 | 遺産分割又は遺贈 | 契約 |
有償性 | 無償 | 有償 |
存続期間 | 配偶者の終身の間(原則) ※別段の定めがあるときはその期間 | 50年を超えることができない |
対抗要件 | 登記に限られる | ①登記 ②建物の引渡し |
登記請求権 | あり | なし |
譲渡性 | なし | △ 賃貸人の承諾を得なければ譲渡することができない |
建物修繕権 | あり(1033条1項) | 例外的に認められる |
費用負担 ①必要費 例)固定資産税 ②有益費 例)リフォーム | ①通常の必要費は配偶者が負担 ②建物所有者が負担 | 賃貸人が負担 |
相続性 | なし | あり |
- 配偶者居住権の存続期間は?
-
原則としては配偶者居住権者の死亡時までとし、遺産の分割の協議若しくは遺言に別段の定めがあるとき、又は家庭裁判所の遺産の分割の審判において別段の定めをしたときは、その定めるところによる(第1030条)。
- 配偶者が善良な管理者の注意義務や用法順守義務に違反したことにより生じた場合における損害の賠償、配偶者が支出した費用の償還の請求に期限はありますか?
-
居住建物が返還されたときから1年以内に請求しなければなりません(1036条、600条1項)。
3.成立要件
⑴被相続人の配偶者が被相続人の財産に属した建物に相続開始の時に居住していたこと
⑵配偶者に配偶者居住権を取得させる旨の遺産分割、遺贈又は家庭裁判所の審判があったこと
- 「配偶者居住権を相続させる」旨の遺言により、配偶者居住権を取得させることはできるか?
-
配偶者居住権の遺贈があったものと解すべき特段の事情がある場合に該当するものとして、取得が認められる場合があります。
⑶発生障害事由
被相続人が相続開始の時に居住建物を配偶者以外の者と共有していたとき。
すわなち、被相続人以外の共有者が配偶者であれば成立しますが、配偶者以外の者が共有持分を有していた場合には成立しません。
もしこれを認めれば、遺言や遺産の分割などにまったく関係のない第三者に、配偶者相続人による無償の居住を受任するという過大な負担をかけるためです。
4.配偶者居住権の登記
⑴申請人
居住建物の所有者は、配偶者居住権を取得した配偶者に対して、配偶者居住権の設定登記を具備させる義務を負います(第1031条第1項)。
配偶者と建物所有者の共同申請によるのが原則であるが、配偶者が遺産分割の審判により配偶者居
住権を取得した場合には配偶者の単独申請が認められ得る。
⑵登記の目的
「配偶者居住権設定」
⑶登記原因の日付
①配偶者居住権の発生事由が遺産分割である場合
遺産分割の協議若しくは調停の成立日又は遺産分割の審判の確定日が原因日付です。
②配偶者居住権の発生事由が遺贈である場合
原則として相続開始日を原因日付とし、停止条件付遺贈の条件が相続開始日後に成就した場合にはその成就日を原因日付と解すべきと思われます。
⑷添付情報
ア 登記原因証明情報
→遺産分割協議書、遺産分割の調停調書謄本、遺言書
- 配偶者が被相続人の財産に属した建物に「相続開始の時に居住していた」ことを裏付ける住民票の写し等の書面は必要か?
-
遺産分割協議書等に配偶者が相続開始時に当該建物に居住していたことが記載されていれば足り、住民票の写し等でその記載を裏付けることまでは要しないものと解されています。
イ 登記識別情報
ウ 印鑑証明書
⑸登録免許税
1,000分の2
- 配偶者居住権が成立した場合に必要となる登記及びその順序はどうなるか?
-
「相続」「遺贈」を原因とする居住建物の所有権移転登記を経由して、配偶者居住権の設定登記をする必要がある。
- 配偶者居住権が消滅した場合に必要な登記は?
-
居住建物の所有者と配偶者の共同申請により、配偶者居住権抹消の登記をする。
(6)登記の効果
配偶者居住権の設定登記がなされた場合には、配偶者は、登記後に居住建物の物権を取得した者に対しても配偶者居住権を対抗することが可能になり、第三者に対して、物権的請求権を行使することができます。
5.配偶者居住権の消滅
(1)配偶者居住権の消滅事由
- 居住建物の所有者は、配偶者が譲渡禁止規定に違反して第三者に配偶者居住権を譲渡したことを理由として、配偶者居住権消滅の意思表示をすることはできますか?
-
配偶者居住権の譲渡それ自体を理由とする消滅の意思表示はできないが、居住建物の所有者に無断で譲受人に居住建物の使用または収益をさせたときは、消滅の意思表示をすることができます。
(2)損害賠償及び費用の償還の請求権についての期間の制限
第2章 配偶者短期居住権
1.従来の相続法の問題点
遺された配偶者は、遺産の分割が成立するまでは、被相続人の遺産である居住建物に無償で住み続けられるのが原則ですが、被相続人が第三者に建物を遺贈した場合などは、相続開始直後から、配偶者相続人は無償で居住建物を使用する根拠がありませんでした。
また、相続人との関係でも、まれだとは思いますが、故人が住んでいた家に故人の配偶者が住み続けると、「遺産分割をするから、その家からすぐに出て行ってほしい」「出ていかないなら家賃を払ってほしい」と他の相続人に言われるケースが無いわけではありません。
2.配偶者短期居住権
配偶者が、相続開始時に被相続人の遺産に属する建物に居住していた場合、遺産分割が完了するまでの期間、無償でその居住建物を使用できる権利のことをいいます。
一言で述べると、「相続が開始してから最低6ヶ月間は、故人の配偶者が、故人の家にただで住み続けることができる」ということです。
なお、この短期居住権に対しては、遺産分割と同時に終了するため相続税はかかりません。
(1)保護の対象
相続開始の時に被相続人所有の建物に無償で居住していた配偶者
(2)権利の法的性質
配偶者に無償で居住建物の使用を認める権利
(3)保護の期間
居住建物について配偶者を含む共同相続人間で遺産分割をすべき場合には、遺産分割協議が早期に成立したときでも相続開始時から6か月は居住権の最低存続期間として保障される
- 配偶者が相続の放棄をした場合は短期居住権はありますか?
-
相続の放棄をした配偶者についても配偶者短期居住権は認められます。
例えば、多額の債務を負っている被相続人が、居住建物を含む遺産の大部分を第三者に遺贈したために配偶者がやむを得ず相続放棄したという場合には、被相続人の財産処分権を一定の範囲で制限して配偶者の短期的な居住を保護する必要性は高いです。
第3章 配偶者居住権と配偶者短期居住権
⑴共通点
- 無償の権利であること(第1037条第1項)
- 譲渡が禁止されていること(第1041条、1032条第2項)
- 配偶者が第一次的な建物修繕権を有すること(第1041条、1033条第1項)
- 通常の必要費を配偶者が負担すること(第1041条、1034条第1項)
- 配偶者の死亡又は居住建物の全部の滅失が権利の消滅事由とされていること(第1041条、597条第3項、第616条の2)
⑵相違点
配偶者短期居住権 | 配偶者居住権 | |
権利の性質 | 使用借権類似の法定債権 | 賃借権類似の法定債権 |
収益権 | なし | あり |
成立要件 | 相続開始の時に被相続人所有の建物に無償で居住していたこと | 相続開始の時に被相続人所有の建物に居住していた配偶者について、配偶者居住権を取得させる旨の遺産分割又は遺贈があったこと(1028条第1項) |
対抗要件 | 無し | 登記を対抗要件とする(1031条)。 配偶者に登記請求権を付与する。 |
存続期間 | ①居住建物について配偶者を含む共同相続人間で遺産の分割をすべき場合には、遺産の分割により居住建物の帰属が確定した日又は相続開始の時から6か月を経過する日のいずれか遅い日 ② 上記①以外の場合は、居住建物取得者が配偶者短期居住権の消滅申し入れの日から6か月を経過する日 | 原則:配偶者の終身の間(1030条本文) 例外:遺産分割等で別段の定めをしたときは、その定めるところによる(1030条ただし書)。 |
場所的成立範囲 | 居住建物の全部を無償で使用していた場合は全部について成立し、居住建物の一部のみを無償で使用していた場合はその部分に限って成立する。 | 居住建物の全部について成立する。 |
譲渡・転貸 | ①配偶者短期居住権を第三者に譲り渡し又は居住建物を第三者に使用・収益させることはできない。 ②配偶者が第三者に居住建物の使用・収益をさせたときは、他の相続人は、単独で短期居住権の消滅を請求することができる。 | ①配偶者居住権を第三者に譲り渡し、又は建物を第三者に使用・収益させることはできない(1032条第2項)。 ②無断で建物を第三者に使用・収益させたときは建物所有者による消滅請求の事由となる。 |
存続期間満了以外の権利の消滅事由 | ①配偶者以外の相続人が短期居住権の消滅請求権を行使したこと ②配偶者が死亡したこと ③建物が滅失したこと | ①建物所有者が長期居住権の消滅請求権を行使したこと ②配偶者が死亡したこと ③建物が滅失したこと |
- 配偶者が譲渡禁止規定に違反して第三者に配偶者居住権を譲渡した場合の効果は?
-
配偶者居住権の譲渡それ自体を理由とする消滅の意思表示はできないが、居住建物の所有者に無断で譲受人に居旧建物の使用または収益をさせたときは、消滅の意思表示をすることができます。
(3)費用負担
配偶者短期居住権 | 配偶者居住権 | |
必要費の負担 例)固定資産税 | ①配偶者は、通常の必要費を負担する。 ②配偶者が通常費以外の必要費を負担したときは、各相続人は、民法第196条の規定に従い、その法定相続分に応じてその償還をしなければならない。 | 全て配偶者が負担する。 |
有益費の負担 例)リフォーム工事費 | ①各相続人が負担する。 ②配偶者が支出したときは、各相続人は、民法第196条の規定に従い、その法定相続分に応じてその償還をしなければならない。 ただし、裁判所は、各相続人の請求により、その償還について相当の期限を許与することができる。 | ①建物所有者が負担する。 ②配偶者が支出した場合には、長期居住権が消滅したときに、民法第196条の規定に従ってその償還を求めることができる。 |
第4章 配偶者居住権と遺産分割
遺産分割においては各相続人の法定相続分を基準に遺産分割の方法が決定されます。そして、配偶者が配偶者居住権を取得した場合には、その評価をどう決めるかによって、配偶者が取得し得る預貯金などの他の財産が変わってきます。
(1)相続分に及ぼす影響
配偶者が配偶者居住権を取得した場合には、その財産的価値に相当する価額を相続したものとして相続分の算定が行われます。
(2)特別受益との関係
配偶者居住権は、婚姻期間について「何年以上」といった要件は定められていません。そのうち、婚姻期間が20年以上の夫婦の一方である被相続人が、他の一方に対して配偶者居住権を遺贈した場合には、特別受益の持戻しの意思表示を推定する規定が準用されています。
【配偶者の居住の権利と特別受益の持戻し免除の意思表示推定】
〇=適用あり ×=適用無し
配偶者居住権 配偶者短期居住権 | 特別受益の持戻し免除の意思表示推定 | |
婚姻期間20年以上の夫婦間における相続 | 〇 | 〇 |
婚姻期間20年未満の夫婦間における相続 | 〇 | × |
第5章 配偶者居住権と税制の改正
(1)配偶者居住権
配偶者居住権とは、配偶者以外の相続人が配偶者の居住していた建物を取得した場合に、配偶者に終身又は一定期間の建物の使用が認められ、これを登記することもできるという権利です。
(2)相続財産への影響
建物を居住権と負担のついた所有権に分けることにより、所有権が100%である場合の所有権の時価に比べて、それぞれの権利の価値は低くなります。この配偶者居住権を遺産分割等の際に配偶者が相続財産として取得することで、配偶者は居住を継続したうえで、所有権自体を取得した場合よりも遺産分割によって取得した居住権として時価が低くなった分、相続分として居住用不動産以外に預貯金等を受け取ることも可能になります。この居住権を法で定めることにより、配偶者の取得する財産の相続財産に占める居住用財産の割合を抑えることができるため、代償金を支払わなければならない可能性が低下し、居住用不動産以外の預貯金等の財産を受け取ることのできる可能性が上がることになります。
司法書士事務所ブライト
引用・参考文献
「Q&Aでマスターする相続法改正と司法書士実務」/日本加除出版株式会社
「改正相続法入門」/日本加除出版株式会社
「遺言書作成マニュアル」/日本法令
「ゼロからわかる相続と税金対策入門」/あさ出版
「Q&A改正相続法の実務」/ぎょうせい
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